わたしたちからみた大阪故鉄さん
すべては一台の計量器から
住之江の本社工場。鉄を積んだトラックが次々と入り、ヤードには集められた鉄が山になっていきます。
大阪故鉄さんは鉄スクラップに特化した金属リサイクルの会社です。工場や建物から出る鉄くずを回収し、選別して加工したうえで、新しい鉄製品に生まれ変わらせる電気炉メーカーへと届けています。創業は1946年でいまからおよそ80年前になります。戦後まもなく社長の祖父にあたる方が、まだ焼け跡の残る大阪でこの商いを始めました。使えなくなった鉄も拾い集めればお金に変わる。その気づきが出発点だったといいます。まだ「リサイクル」という言葉すらなかった時代から鉄一筋でやってきたこの会社を、いまは創業者の孫にあたる3代目の社長が率いています。
その仕事の流れを工場を歩きながら見せてもらいました。すべては入口に据えられた大きな計量器から始まります。鉄を持ち込んだトラックはまずこの上に乗ります。鉄を積んだ状態でいちど量り、荷を下ろしたあとの空のトラックをもういちど量る。その差し引きが持ち込まれた鉄の重さになるわけです。10キロ単位まで細かく分かり、大きなものだと60トンまで量れるといいます。日々どれだけの鉄がこの一台を通っていくのかと思うと、それだけで気が遠くなりそうです。
この計量器にはもうひとつ大切な役割があります。放射線を検知する機能です。もし放射線を出すものが混じっていればアラームが鳴り、事務所のモニターにはトラックのどのあたりで反応したかまで映し出されます。前か後ろか、上か真ん中か。おおよそ六つに分けて位置まで分かるそうです。鉄を売るときに「放射線はありません」と保証できることは、この業界で欠かせないのだそうです。近年はこうした検知の備えが業界全体で広まってきた、と社長は話してくれました。めったに鳴るものではなく、鳴れば皆が何ごとかと驚くほど。それでもそこまで手を尽くしているという事実そのものが、この会社の扱う鉄の信頼を支えています。入口に置かれたたった一台の機械からして、この仕事の奥行きが伝わってきました。
鉄の山を選り分ける
かさばる薄い金属は、プレス機で圧し固められてこの姿に。サイコロのように整った塊が、積み上げられて出荷を待ちます。
計量を終えて奥へ進むと広いヤードが開けていました。まず目に飛び込んできたのが壁一面のウォールアートです。もとは茶色いコンクリートの壁だったところを、工場をもっと開かれた場所にしたいという思いからコンペで募って描いてもらったのだそうです。何人もの候補から選ばれた一枚には、リサイクルを表す白いメビウスの輪に、重機の爪をかたどった黄色いモチーフ、フォークリフト、そして鳥と人が描かれています。冬場は塗料が乾くのに二か月ほどかかったとか。硬い鉄の現場に遊び心が同居しているところに、さっそくこの会社らしさがにじんでいました。
ヤードに運び込まれた鉄はそのまま加工できるわけではありません。まずは加工できる状態かどうかを見て選り分けていきます。この見極めは、じつは運転手が積み込みの段階で品物を見たところから始まっているそうで、その情報が無線で現場へと共有されていきます。屋外で選別してから中へ入れるものもあれば、手間が少なければ工場のなかへ運んでから一気にさばくものもある。とりわけ骨が折れるのが解体現場から届く鉄です。建物を丸ごと壊したものにはさまざまな素材が入り混じっているため、選り分けにひときわ手がかかるといいます。機械では切れない大きく複雑なものは、人がガス切断で一つずつ切り分けていく。重機を巧みに操りながら、2トンを超えるような塊も一つひとつ扱いやすい大きさへとほぐしていきます。前へ進めば振り子のように揺れて狙った場所になかなか止まってくれない。そんな重い鉄を、全員が無線でやり取りしながら少しずつさばいていく姿には見入ってしまいました。
選り分けられた鉄は工場のなかでいくつもの機械にかけられます。かさばる金属を圧し固めて運びやすい塊にするプレス機。細かなものを砕いて分けるシュレッダー。そして溶けやすいサイズまで鉄を切る切断機。売り先の炉に入る大きさや溶けやすさに合わせて、それぞれ形を整えていくわけです。お菓子の缶のような薄い金属は、そのままではかさばって運べないぶん、圧縮するときれいな立方体になって出てきます。サイコロのように整ったその姿は思わず見入ってしまうほどでした。こうして固められた金属は一片残らずリサイクルへと回り、なかには海を越えていくものもあります。ホイールのようにそのまま売れるものは加工せずに送り出すなど、品物ごとに扱いも変わります。ふと地面に水がまかれているのに気づいて尋ねると、ホコリを抑えるためだと教えてくれました。無数の鉄が行き交う現場を、そんな細やかな気配りが支えています。
鉄は行き先によって色分けもされます。ある成分を求めるメーカー向けには白いものを、別の用途には黄色いものを、といった具合です。切断のときから分けておいて、注文に応じて仕分けていくのだそうです。同じ「鉄くず」に見えても、その先ではきちんと役割が分かれている。ひとくちにリサイクルといっても、その中身はずいぶんきめ細かいものでした。そしてこの手間の分だけ価値が生まれます。売り値のほうはあらかじめ決まっているので、持ち込まれた鉄にどれだけ手間がかかるかを見て、そこから買い取りの値段を決めていく。手間をかけた分がそのまま価値になって返ってくる世界でした。
職人の腕が鉄を送り出す
電磁石のマグネットが鉄を吸い上げていきます。形も重さも毎回ちがう鉄を、職人が狙った場所へぴたりと運びます。
工場を回るなかでいちばん目を奪われたのがマグネットクレーンの操作でした。先端の大きな電磁石に電気を通すと、車一台ほどの鉄でも軽々と持ち上げてしまいます。運転席は上からよく見えるよう持ち上がる仕組みで、扱う鉄は毎回まったく形も重さも違う。それでも熟練の職人は22トンほどの鉄をたった一度で狙った場所へぴたりと合わせてしまいます。置く前から「これくらいの重さだな」と見当がつき、吊り上げる音を聞くだけで感覚がつかめるのだそうです。前後に振り子のように揺れる重い鉄を絶妙に抑えながら運んでいく。一見するとゲームのクレーンのようにも映りますが、これは国家資格がなければ動かせない、まさに花形の仕事です。上手い人ほど無駄がなく、ベテランと若手とでは仕上がりがまるで違うと聞いて、なるほどと納得しました。毎回ちがう鉄を相手に、その日その場で最適な吊り方を判断していく。長年の勘と技がなければ務まらない仕事でした。
こうして選別され、加工され、形を整えられた鉄は、いよいよ製品として出荷されていきます。多くは国内の電気炉メーカーへ。そこには大きな炉があり、運ばれた鉄はそこで溶かされてまた新しい鉄へと生まれ変わっていきます。国内では売りにくいものが海を越えてアジアの国々へ渡ることもあります。ここを出た鉄がいつかどこかで建物や機械の一部になり、また誰かの暮らしを支えていく。入口の計量器から出口まで順を追って歩いてみて、「使い終わった鉄を、もう一度みんなが使う鉄へ」という循環の全体像が、ようやくくっきりと像を結びました。ひとつの工場のなかに、これほど多くの人の手と技が詰まっているとは思いもよりませんでした。
正直なところ取材の前は、スクラップの仕事について具体的なイメージを持てずにいました。ですが入口の計量器から出荷まで順に見せてもらううちに、その一つひとつに確かな判断と技術があることが分かってきました。どの鉄をどう選り分け、どう圧縮して固め、どう切るか。行き先に合わせて色まで分ける。ここで働く人たちは、社会に欠かせない資源を次の世代へとつないでいるのだと感じました。
もうひとつ強く伝わってきたのが、その仕事に対する誇りの強さです。自分たちのしていることに胸を張れる。その思いを社長も現場の人も、それぞれの言葉で持っていました。なぜこの会社にそんな空気が根づいているのか。その理由はここから先のインタビューで見えてきます。
社長インタビュー
業態としては、鉄スクラップのリサイクル企業になります。工場でものをつくる過程で出てくる鉄の端材や、古くなった建物や橋を交換したときに出る鉄くず、そういったものを回収してきて、加工して、もう一度新しい鉄製品に生まれ変わらせる電気炉メーカーまで運び届ける。そこまでの、資源循環というところをやっている会社です。
加工には、売り先からサイズや形、重さ、品質の指定があります。求められる品質の水準が高いところほど、それだけ高く売れる。手間をかけた分が返ってくる世界ですね。あとは、解体の現場にも関わっています。解体そのものは解体業者さんのプロにお任せするんですが、僕らは鉄のプロなので、この建物からだいたい何トンの鉄が出て、いくらで買えます、というのを一緒に見積もる。その鉄の価値の分だけ解体費用を下げられるので、お客さんも助かるし、僕らも鉄を確保できる。解体屋さんとタッグを組んで、お互いにとっていい形にする、ということをやっています。
一つは、商社機能を持っていることです。うちはかなり古い会社で、戦後、スクラップが許可制だった時代に、大阪でメーカーに直接販売できる会社が数社しかなかった時期があるんです。当時、ほかのスクラップ屋さんは、その数社の窓口を通さないと鉄を売れなかった。その名残があって、今もライバルでありお客さんでもあるスクラップ業者さんとの横のつながりが、とても多いんです。ふつうスクラップ屋さんは、他社の鉄、いわゆる母材は扱わないものなんです。儲けの種ですから。でも、うちはそういうお付き合いが多いので、何かあれば助けることもあるし、助けてもらえる相手も多い。長年かけて築いてきた横のつながりは、大きな強みですね。
もう一つは、社員です。人をきっちり育ててきたこと。それから会社の基盤ですね。ずっと自己資本でやってきているので、財務的にも安定していて、その心配をせずにやっていける。そのうえで、うちは変化を恐れない会社でもあります。実は、この業界で営業活動を本格的に取り入れたのは、うちが早かったんです。待っているだけでなく、こちらから出ていく。長くやってきた会社なのに、やっていることは案外新しい。そこも、うちならではだと思います。
僕が一番強く思っているのは、社員に誇れる会社にする、ということです。これには、きっかけになった出来事があるんです。僕が入社したばかりの頃、当時の工場長が話してくれたんですが、その方が自分のお子さんに「お父さん、何の仕事してるの」と聞かれたとき、鉄スクラップ屋のクレーンマンだと恥ずかしくて言えなかった、と。それがすごくショックでした。
僕はオーナーの家に生まれて、家がスクラップ屋をやっているんだな、くらいの感覚で、それを恥ずかしいと思ったことは一度もなかった。でも、現場で働く人が自分の仕事を子どもに言えないんだ、と知って、これはいけない、せめて家族や子どもに胸を張って言える会社にしないといけない、と強く思ったんです。そこから、そのために何をしようか、とずっと考えて動いてきました。
うちはスクラップを単純に加工するだけの会社じゃない。資源循環を担っていて、日本のものづくりを支えている大事な会社なんだ、と。そういう話を社員にしつこく伝えてきました。メディアに出たり、工場見学を受け入れたり、外から人が来てくれる会社になれば、「うちの会社、すごいな」と思ってもらえるはずですから。2017年に専務になって採用の権限をもらってから、その価値観を込めて採用もしてきました。10年近くかけて、今は社員が自分の子どもを工場に連れて来てくれたりするようになって、少しずつ浸透してきたかなと感じています。
とにかく働きやすい環境を、と考えています。数年前まで、僕自身があまり休まないタイプだったこともあって、休日が少なかったんです。それではいけないと、一般企業並みにしっかり休めるようにしようと、年間休日を増やしてきました。今は115日くらいまで来ています。
設備の面でも、これまで女性が働く前提でつくられていなかった部分を見直しています。トイレを更衣室の隣に移したり、お風呂をつぶしてシャワールームにしたり。福利厚生も手厚くしていて、家族連れでも使えるリゾート会員権や、野球の年間シートを用意しています。作業着も、しっかりしたジャケットタイプにして、そのまま接客や東京出張にも行けるようにしました。工場に洗濯機も置いていて、洗って干して帰れば翌朝には乾いている。細かいところですが、そういう積み重ねが働きやすさにつながると思っています。
今、女性の社員にメンター役をやってもらっています。入社2年目くらいの子が、仕事のことや上司のことで、気になるけれど直接は言いにくいことを、その人に聞いてもらう。経営層を感じさせずに話せる相手がいる、というのは大きいと思います。聞いてみると、実は誤解だったり、伝え方の問題だったりすることが多いんです。お互いに「もうだめだ」となって辞めてしまう前に、不満をすくい上げて改善できるようにしています。
僕自身も、全社員と1対1の面談を必ずやっています。もともと本社には社長室がないので、距離が近くて、気軽に話してくれる。そこはうちのいいところかなと思います。今年は、これまで忘年会くらいしかなかった社内の親睦会を、もう少し増やそうという話も出てきています。普段は接点のない営業所の人とも交流できる機会になればと思っています。
若くても、責任のある仕事を任せるようにしています。入社して数年でも、大きな仕事の決裁を任せることがあります。やりたいと手を挙げたものは、基本的にやらせる。目の前の短期的な成果だけでなく、挑戦する姿勢や、新しいものをつくろうとするところを評価の基準に入れています。
業務以外のことでも、やりたいことは応援しています。工場にミュージアムをつくったのも、事務員さんのご家族から「作りたい」という声が出てきて実現したものなんです。収益に直結するかどうかにはあまりこだわりません。大きな負担にならず、世間から批判されるようなものでなければ、「じゃあ、やってみようか」と。好きなことは、だいたい働きがいになりますから。実際、営業からは販売先を変える提案が出てきたり、これまでいろいろな挑戦が生まれてきました。工場のイベントや情報発信もそうです。SNSは社員が自分たちで全部つくってくれていて、これが集客にもよく効いています。イベントも、最初は重機に絵を描いてもらったり、廃材を使った遊びを用意したり。次の段階では、重機やクレーンの操作、ガス切断の実演を見てもらいながら、その説明のなかにリサイクルの話を織り込んでいく。そうやって、自分たちの仕事を外の人に知ってもらう場を、社員が中心になってつくっています。
うちの営業の面白さは、自分で決められることだと思います。お客さんに「この値段でどうですか」と言われたとき、大きな商社さんだと持ち帰って上司の判断を仰がないといけない。でも、うちはその場で決められる。反応の早さが、この業界では強みになるんです。「お前が決めろよ」と言うお客さんに、その場で応えられる。自分で決めて、責任を持つ。それを楽しめる人には、すごく面白い仕事だと思います。
評価も、頑張った人にはしっかり応えます。昇給の幅を少しずつプールしておいて、本当に頑張った人には、年末に大きく上乗せする。若い社員に、思い切った賞与を出したこともあります。逆に、大きな損失が出たときでも、給料は必ず保証します。これが会社だと思っているんです。一人で仕事をしているわけではなくて、営業が取ってきた仕事の裏では、事務員が伝票を処理し、現場が体を動かしている。みんなでやっているからこそ、既存の仕事も回っていく。だから、完全な成功報酬の会社とは違う形で、頑張りに報いたいと考えています。
安全は、何よりも第一に考えています。年1回の全社員の安全会議、月1回の安全会議を行っていますし、第三者機関の安全認定も取っています。スクラップ屋のなかでは日本一を目指す、というくらいの気持ちで力を入れています。
ただ、安全というのは結局は文化なんです。新しく入った人には、その時点の安全レベルが当たり前になっていく。だから、まず土台をつくらないといけない。最初は「そんなことをしたら手間がかかる」という反発もありましたが、みんなで工場で実践しながら、20年近くかけて浸透させてきました。今は現場の人のほうから、作業の前に「安全面は大丈夫かな」と先に考えるようになってきています。
大きな事故は、昔も今もありません。ただ、小さな怪我をゼロにするのは難しい。だから、まず人と物を分けて考えます。絶対に人身事故は起こさない。物損は、お金で解決できるものは解決するものとして、事故を起こしても給料は減らしません。その代わり、隠したり報告しなかったりしたことは、大きく評価を下げる。事故があったら、必ず状況を報告してもらう。すると、それが設備で防げたものなのか、やり方の問題なのかを、みんなで考えて共有できる。「先輩がこういうことをして火傷をした。だから、こういう作業には火傷の可能性がある」というように、ベテランは知っていても若手は知らないことを、みんなで共有していく。基本的なことの共有が増えて、報告の件数はむしろ増えていますが、それでいいと思っているんです。
資格の取得は、会社が費用を出しています。それに加えて、僕が重視しているのが、海外の文化に触れる機会です。海外を見ることは、人間力を広げると思っているので、若い子を中心に、アジアの国へ行かせています。日本から出たスクラップが陸揚げされている港や、それを買っている先を訪問することもあります。二十歳そこそこの子と、少し経験を積んだ子を組ませて行かせたりもします。日本とはまるで違う世界を見て、いろいろ感じてきてほしいんです。苦労したり、いい経験をしたりする機会が減っている時代だからこそ、特に若い子には外を見てきてほしいと思っています。
行きたい人は手を挙げてもらいますし、「これは絶対勉強になるから」と、こちらから送り出すこともあります。国内で同業やメーカーさんの見学に行かせることもあります。人にお金を使うのは投資だと思っているので、手を挙げてくれた人や、頑張っている人には優先的に応えたい。全員に同じ機会を、というより、その時々でいちばん伸びそうな形を選んでいる、という感覚です。やる気のある人には、とことん機会を用意します。
スクラップ業は、みんながよく知っている業界ではありません。でも、だからこそ、頑張れば個人で名前を売れるんです。「鉄の誰々さん」という形で、業界のなかで名前を知ってもらえる。ほかの街の同業者から「あそこの会社の、あの子はよくやるらしいよ」と言われるような。そういうことが起きやすいのが、この業界の魅力の一つだと思います。
うちの魅力を一言でいうと、安定しながらチャレンジできることだと思います。ベンチャーはチャレンジできるけれど、安定に不安があることもある。大きな会社は安定しているけれど、一人ひとりが大事にされないこともある。うちは、長くやってきた安定した基盤の上で、新しい挑戦ができる。その両方があるのが、いいところだと思っています。
それと、僕は周りに、ちゃんと「ノー」と言ってくれる人を置きたいんです。イエスマンばかりだと、かえって怖い。昔、僕の力になってくれたのも、「それは違う」と言ってくれた大先輩でした。だから、率直に意見をぶつけ合える関係を大事にしています。人の評価でも、大きな数字を上げることだけを見ているわけではありません。たとえば定年を迎えた方に、もう一度戻ってきてもらったこともあります。その人がいるだけで、現場の空気がぴりっと締まる。そういう存在も、立派に会社への貢献だと思っています。数字に表れないところまで含めて、一人ひとりをちゃんと見ていきたいんです。
拠点を増やしていきたい、というのが一つあります。M&Aでもう1か所、2か所と増やせたら、と考えています。一から土地を買って建物を建てると、今は金額がとんでもないことになる。機械も高いですから。その点、M&Aなら、すぐに動かせる形で引き継げる可能性がある。ご縁があれば、というところですね。スクラップ業界は後継者のいない会社も多いので、そういう話は入ってきます。
もう一つ、東京に事務所を、という夢もあります。以前、東京の高い展望台に登ったとき、見渡す限りビルと家と駅だったんです。これだけ人がいて、建物があるということは、それだけ経済が動いていて、鉄もたくさんあるはずだ、と。大阪は少し限られた地域なので、東京くらい大きければ、やり方次第でいろいろなことができるんじゃないか。事務所なら、まず身軽に始められる。そのくらいの気持ちで、一つの夢として考えています。
大きな絵で言えば、目指しているのは100年続く会社です。今年で80年になりますが、ここからの20年で、次の世代へしっかりバトンを渡せる会社にしたい。若い力を存分に注いで、新しいことに挑める土壌を整えていく。100年目に、これまで経験したことのない喜びを、みんなで一緒に味わえたら。そんなふうに思っています。
この仕事に向いているのは、自分で考えて、自分で決めていける人だと思います。指示を待つのではなく、「こうしたい」と手を挙げて、その結果に責任を持つ。それを面白いと感じられる人には、うちはとても合う環境です。若くても、やる気さえあれば大きな仕事を任せますし、頑張りにはきちんと応えます。
それから、周りとしっかり向き合える人。この仕事は一人では成り立ちません。現場も、事務も、営業も、みんなの手が重なって初めて回っていきます。だからこそ、仲間と力を合わせられる人に来てほしい。自分の力を試しながら、長く腰を据えて働きたい。そんな人と、これからの会社を一緒につくっていけたらうれしいですね。
従業員インタビュー
始業は基本7時半からです。2日に1回、早出があって、その日は7時から。クレーンに乗る者と、下で作業する者に分かれて動きます。7時45分くらいから、事務所と一緒に朝礼をして、そのあと現場だけのミーティングをします。今日1日の流れや、誰がどのクレーンに乗るか、残業は誰がするか、といったことを朝のうちに決めるんです。
お昼は12時から1時まで。日中に15分ずつ、2回の休憩もあります。決まった時間というより、手の空いたタイミングで交代で取る感じですね。終業は17時までで、スクラップの受け入れもそこまで。残業がある日は、そこから入ります。
仲がいいですね。若手も普通に意見を言いますし、「こうしたほうがいいですよ」と言える環境です。現場では無線をよく使うんですが、もうずっとしゃべっているような感じで、やり取りが絶えません。お昼も、タイミングが合えばほぼ全員で一緒に取っています。
残業は、忙しい時期でばらつきますが、月20時間いくかいかないか、くらいです。昔はもっと長いときもありましたが、今は若い人もクレーンに乗れるようになって、残業を任せられるようになったので、うまく分散できています。
有給も取りやすいですね。5日は必ず取りますし、それ以外も普通に使います。ここは昔と今とで全然違います。土曜は班ごとに分かれて出るんですが、応援で出た分は平日に代休を取る形にしています。スケジュール管理のアプリをみんなで見て、「ここは誰が休むから避けよう」という感じで調整しています。
切り替えはできています。仕事は外での作業が多いので、今の時期はとにかく暑い。休みの日は、体を休めることを重点に置いています。会社としても、猛暑のときは休憩を多めにして、全員が水分をしっかり取るようにしています。スポットクーラーや空調服も用意してくれますし、若手には積極的に機械に乗ってもらう。重機の中はクーラーが効いているので、交代で涼みながらやる、という感じです。休みの日は、家族で旅行に行くのが好きですね。この前は、おいしいものを食べに少し遠くまで足をのばしました。
1日の作業手順をいろいろ考えて、それがうまくいって「完璧に回ったな」と思えたときですね。この仕事はイレギュラーがつきものなんです。お客さんが急に品物を持って来られたり、それが重量物だったり。そういうときにすぐ対応できるよう、常に余裕を持った段取りを心がけています。
特に大変なのは、重量物の機械ものです。一個一個が重たくて、いびつな形をしているものは、ワイヤーの長さを変えたり、バランスを取ったりしないと吊れない。時間もかかるし、危ない。満載のトレーラー1台を下ろすのに、1時間近くかかることもあります。そういう難しいものを、無事にきれいに下ろせたときは、すごくやりがいを感じますね。
いろんなスキルが身について、資格もいろいろ取らせてもらえることですね。天井クレーン、重機、大型免許、ガス切断、溶接、危険物。「一度取らせてくれ」とお願いして、電気工事士の2級も取りました。「こういうことがしたいので、この資格を取りたいです」と社長に相談すると、だいたい聞いてくれるんです。道具も、「これがあるとこういう利益が出ます」と説明すれば、ちゃんと通してくれる。空調服も、「バッテリーは2個買いや」と言ってくれるくらいで、風通しがいいんです。
前職と比べて、これだけ長く続けている理由は、給料の面もそうですし、福利厚生ですね。全国にある会員制のリゾートホテルが使用出来るので、家族で旅行に行ったり、今年は野球の年間シートで、ひいきのチームの試合を観に行かせてもらいました。ちょうど優勝が決まるタイミングで観られて、うれしかったですね。
やっぱりチームワークです。クレーンで重量物を吊るときは、下で玉掛けをする人間とのコミュニケーションが欠かせない。無線でのやり取りも含めて、そこを一番大切にしています。僕らが間違っているときもあるので、下の人から「こうしたほうがいいよ」と言ってもらえるほうがありがたい。仲がいいというのは、本当に大事だと思います。
それと、この仕事は危ないので、丁寧にやること。命がかかっていますから。⾧くやっていると分かるんですが、車でスピードを出す人は、クレーンの操作もやっぱり荒いんです。繊細さが、この仕事では何より大事だと思います。
工場のレイアウト変更ですね。ヤードを広げたときに、下に鉄板を敷いたり、壁をつくったり、その相談を受けて、自分でいろいろ考えてやらせてもらいました。他のスクラップ会社へ勉強に行かせてもらって、「これいいな」というのを取り入れたり。動線を考えたり、危ないと思ったところにパイプを立ててネットを張ったり。大変でしたけど、面白かったですね。もともとこういうのが好きなんです。うちの会社は、やらせてくれる。溶接もガス切断も、この会社でうまくなりました。いろいろやらせてくれるからこそ、スキルが上がったんだと思います。家でもDIYをやりますよ。バイク小屋をつくったり、レンガを敷いたり、車のオイル交換も全部自分でします。
この仕事は、やっぱり危ない仕事でもあるので、丁寧にやれる人が一番向いていると思います。それと、チームワークが大切になるので、コミュニケーションがしっかり取れて、言うべきときには自分の意見を言える人。何でも「はい、はい」のイエスマンでは、かえって良くないと思うんです。危ないときに「それは危ない」と言えることが、みんなの安全につながりますから。ものづくりや機械が好きで、工夫することを楽しめる人なら、きっと面白い仕事だと思いますよ。
社長と杉本さんは立場こそ違うのに、話していると同じ言葉が何度も出てきました。自分の意見を言えること。チームワーク。そして、何でも「はい」と従うだけではだめだということ。危険と隣り合わせの現場だからこそ、率直に言い合える関係が、安全も品質も支えているのだと感じました。
とりわけ杉本さんが、ヤードの施工から家のバイク小屋まで、工夫することそのものを心から楽しんでいる姿が印象的でした。やらせてくれる会社があって、それに応える人がいる。その循環が、鉄の循環と同じように、この会社をぐるぐると回しているように見えました。