わたしたちからみた大阪テックさん
「目立たない部品」が、世界中の機械を守っている
工作機械の内部。黒い蛇腹状のカバーが、精密な摺動面を切粉や切削油から守る。
大阪テックさんは大阪・豊中市に本社を構え、工作機械の金属製伸縮カバー(テレスコカバー)を専門に製造している会社です。設計・製造・納入までを一貫して手がけ、その歴史は創業からおよそ40年に及びます。
テレスコカバーと聞いても、すぐに姿を思い浮かべられる人は少ないかもしれません。これは、工作機械が金属を削るときに、レールやボールネジといった精密で大切な「摺動面(しゅうどうめん)」を、飛び散る切りくずや切削油から守るための専用カバーです。薄い金属の板がアコーディオンのように幾重にも重なり、機械の動きに合わせて伸び縮みします。
普段、私たちが目にすることはまずありません。それでも、このカバーがなければ高速で動く工作機械はあっという間に傷み、止まってしまう。まさに「目立たないけれど、なくてはならない」部品です。
そして驚くのは、その行き先です。テレスコカバーが組み込まれる工作機械は、その多くが海外へと輸出されていきます。完成した機械のおよそ7割が国外へ渡るといい、大阪テックさんがつくったカバーは、いまこの瞬間も世界のどこかの工場で、機械を陰から支えているのです。
後発だからこそ生まれた、「自由な発想」という武器
機械ごとにあつらえられ、出荷を待つカバーの数々。一台ごとに寸法も形も違う。
大阪テックさんの強みを語るうえで欠かせないのが、「後発メーカー」としての歩みです。工作機械メーカーは規模も設備も大きく、カバーづくりにおいても先行する競合がいる。そんな業界に、いわば裸一貫で飛び込んでいったのが始まりでした。
だからこそ、武器が必要だった。それが「設計の自由度」です。多くのメーカーが特定の部品メーカーと提携し、ライセンスの都合で使える部材が限られるなか、大阪テックさんは主要部品であるスクレーパーやワイパーまでオリジナルで考案し、専門の協力会社と一緒に専用の型を起こしてきました。
材料も同じです。「うちはこの鋼板だけ」と決めつけず、ステンレスの高張力鋼板から特殊な素材まで、機械の用途に応じて最適なものを自由に選び抜く。一つひとつのカバーを、その機械のためだけにあつらえていく。この柔軟さこそが、後発から国内有数のメーカーへと駆け上がった原動力でした。
取材で印象的だったのは、「機械に合った設計と、耐久力」という言葉です。お客様が機械を開発する段階から相談を受け、「この形状だと、取付時に調整が出来なくなりますよ」「ここはこう変えた方が寿命が伸びます」と、使い勝手やリスクまで踏み込んで提案する。目立たない部品だからこそ、緻密な思考を巡らせる——その姿勢が、深い信頼につながっているのだと感じました。
壊れないことを、自ら証明する——過酷な「評価機」
実際の現場を再現し、カバーを限界まで試す自社の「評価機」。
特に象徴的だったのが、社内に備える「評価機」の存在でした。これは、お客様の工作機械が実際に使われる現場を、できるだけ忠実に再現する自社のテスト設備です。
カバーを取り付け、縦横無尽に動かす。実際に金属を削って出た切りくずをお客様から分けてもらい、切削油(クーラント)と混ぜて上からパイプで流し続ける。微速からいきなり高速へ、急ブレーキ、そしてまた発進——あえて最も過酷な「意地悪なテスト」を繰り返し、それでも壊れないことを自ら確かめていきます。
カバーの性能をここまで追求できるのは、自社に評価機があるからこそ。「大阪テックさんのテストなら実機よりも悪条件」とまで言われる過酷な要求をクリアしてきたからこそ、数多くの機械に採用されるメーカーへと信頼を勝ち得てきたのだと知りました。
さらに驚いたのは、製品の「寿命」の長さです。工作機械はモデルチェンジしても摺動面の形状が変わらないことがあり、その場合はカバーの設計もそのまま使い続けられる。なかには10年、20年と量産が続いているカバーもあるのだそうです。一度きりではなく、長く使われ続けるものをつくる。そこに、この会社のものづくりの哲学が凝縮されているように思いました。
天井クレーンが走る広々とした工場。ここから世界中の機械へカバーが旅立っていく。
今回の見学を通じて一番感じたのは、目立たない部品の最適化こそが、世界中の工作機械を守り、ものづくりの最前線を陰で支えているということです。地味なようでいて、実はとてもスケールの大きい仕事だと、見学するほどに引き込まれていきました。
とりわけ、自社の評価機でわざと過酷な条件をつくり「壊れないこと」を自ら証明していく姿勢には、後発から這い上がってきた会社の誇りと執念がにじんでいました。学生にとって製造業は遠い存在に思えるかもしれませんが、ここには「自分のつくったものが世界で長く使われる」という、確かなやりがいが息づいていました。
社長インタビュー
メインは、工作機械の摺動面を守る金属製の伸縮カバー、いわゆる「テレスコカバー」の製作です。スライドシャッターなど保護カバー全般を扱っていますが、設計・製造・納入までを一貫して自社で行っているのが大きな特徴です。
始まりは、創業者である会長が営んでいた小さな鉄工所でした。フランジや製缶加工、溶接といった仕事からのスタートです。そこへ周囲の誘いと縁があって、工作機械向けの金属カバーをやろうと決めた。当時はノウハウがまるでありません。それでも会長は手探りで、毎晩のように機械の仕組みを研究していました。私が中学・高校生の頃の光景として、いまも記憶に残っています。決まったやり方を知らないところから始めたからこそ、常識にとらわれずに考えられた——いまの自由な発想も、案外この原点から育ったのだと思います。
当時は市営住宅暮らしで、6畳と3畳の部屋に家族4人。私が小学校に上がるとき、勉強机を置く場所すらありませんでした。そこで会長は、大工さんの助けのもと、6畳の居間から渡り廊下を伸ばしてプレハブ小屋をつなげ、子供部屋を作ってしまった。屋根は波板を渡し、木の床を張り、アルミサッシの扉でつなぐ——普通の人ではなかなかやらないことを、出来るだけ自分の手でやってのける人なんです。車の手入れも何でも自分でやる、根っからのものづくり好き。その血が、いまの会社の原点になっているのだと思います。
もとは個人事業のような形から始まり、平成3年(1991年)に株式会社化しました。社名は社員みんなで案を出し合って決めたんです。私も提案しましたが、却下されましてね(笑)。いまは従業員76名、工場も5つにまで広がりました。
私たちは、業界では「後発」のメーカーです。先行する大手は規模も設備も大きい。その中へ、いわば裸一貫で飛び込んでいったわけですから、何か武器になるものがどうしても必要でした。
それが「設計の自由度」です。大手さんは専門メーカーと提携している都合上、使える部品が限られ、設計に制約が出ることがあります。私たちは主要部品のワイパーやスクレーパーまで自分たちでオリジナルに考え、協力会社と一緒に専用の型を起こしてきました。材料も「この鋼板しか使わない」と決めつけず、用途に応じてステンレスの高張力鋼板から何でも適性に合わせて選びます。この自由さが一番の強みですね。
もう一つは「機械に合った設計と耐久力」へのこだわりです。お客様が機械を開発する段階からご相談をいただき、「この形状だと取り付け時に足を踏まれて変形しますよ」「ここはこう変えた方が長持ちします」と、リスクや使い勝手まで踏み込んで提案します。お客様の要望に応えること、安心して長く使えるものを設計すること、そして不具合があれば早急に対応すること。この積み重ねが、結局は長いお付き合いと信頼につながっています。
大手さんは、繁忙期になると納期がやたらと延びてしまう。設計からお願いすると半年、一年かかってしまうこともある——これは私が営業時代によく耳にした話です。私たちのような機動力のある会社が「融通が利く」と頼っていただける余地は、そこにあります。
おかげさまで、国内で「ビッグスリー」と呼ばれる大手の工作機械メーカーとは、いまではすべてお取引をいただいています。なかには「数あるカバーメーカーの中で、おたくが一番シェアが大きい」と言ってくださる得意先もある。後発で裸一貫から始めた会社が、ここまで使ってもらえるようになったのは、本当にありがたいことだと思っています。
顧客満足を最優先に、お客様に喜ばれる会社であること。これが常に念頭にあります。
そのために大事にしているのが、自社の「評価機」を使った検証です。お客様の現場をできるだけ忠実に再現し、カバーをわざと過酷な条件で動かす。切削油や切りくずを流しながら、急ブレーキや急発進を繰り返す——いわば「意地悪なテスト」を自分たちで課すんです。カバー単体をここまで追い込めるのは自社設備があるからこそで、「最悪の条件でも壊れない」と証明できて初めて、安心して世に出せる。
客先設計者によっては「大阪テックさんのテストなら実機よりも悪条件」と、機械のボールネジが寿命を迎えてしまうほどの極端な要求をされることもあります。微速で流していたものを一気に高速へ、ガッと急ブレーキで止め、また発進する。運動エネルギーがカバーに深くかかるような動きを、何度も繰り返す。そこまでやって乗り越えたものだけが、市場に出ていく。いま一番多くお仕事をいただいているメーカーさんも、最初に最も過酷なテストを要求されて、それをクリアしたからこそ、今では一番使っていただけているんです。
そうして信頼を積み重ねたカバーは、驚くほど長く使われ続けます。工作機械はモデルチェンジしても、摺動面の形状が変わらないことがある。1ミリでも変われば設計し直しですが、変わらなければ、もとの設計をそのまま——長さだけ伸ばして——作り続けられるんです。機械の名前がこっそり変わっても、中身のカバーは同じ。なかには10年、もっと長いものでは20年近く作り続けているものもあります。
「壊れやすいメーカーだ」とは絶対に言わせたくない。だから機械メーカーの設計者とは、あえてリスクをたくさんお伝えしながら、ベストな形を一緒につくり上げていきます。車でいえばタイヤやワイパーのように、消耗する部分さえ替えてもらえれば、あとは何十年と安心して使い続けてもらえる。そういうものづくりを思想として大切にしています。
私たちのカバーが組み込まれた工作機械は、その7割ほどが海外へ渡っていきます。自分たちの製品が世界中の現場で動いている——それを身をもって感じたのが、20年近く前、中国・南京へ修理に向かったときの経験です。
リーマンショック直前の2008年、南京に大手自動車メーカーの新しい工場が立ち上がりました。そこへ納められた専用機に、私たちのカバーが100台ほど採用されていたんです。自動車ラインはタクトタイムが非常に短く、24時間動かされる。稼働して一年も経たないうちに「板金の上の板がちぎれかかっている」と、中国からぼやけた映像が送られてきました。
原因をたどると、曲げの外注先の都合でした。私たちの社内なら小さい金型でその寸法を曲げられるのですが、外注先はその金型を持っておらず、自分のところで曲げられる寸法で通すために、スリットを大きく入れて曲げていた。私たちは組み立てだけを担う立場で、スリットの量まで見きれていなかった。それが高速で過酷に動かされるうちに、しわ寄せとなって破損したわけです。
これからガンガン動かす工場ですから、一刻も早く100台すべてを取り替えに来い、と。当時うちには海外経験のある人間がほとんどおらず、「右も左も分からない」ような状況でしたが、私たちは直接現地へ向かい、プレッシャーの中、最後まで責任を持ってやりきった——あの経験は、いまも忘れられません。
海外では「請負設計」のような形で、お客様が描いたカバーの概略図をもとに「これで何とかできないか」と言われることもあります。図面を見て「このままでは潰れます、形状を変えないと駄目ですよ」とお伝えしても、もう周りの部品が出来上がっていて隙間に無理やり入れるしかない、ということが多い。案の定、安く手に入る粗悪品が壊れて、「では大阪テックさんで設計し直してほしい」と回ってくる。隙間さえあれば入ると思われがちですが、重ねる枚数、構成、位置——そこに潜む落とし穴を見抜けるかどうかは、長年の知見と経験がなければ判断できないところなんです。
まず、年間カレンダーの組み方を工夫しています。祝日が火曜などに飛び石で入ると休んだ気がしませんよね。そこで飛び石は振替出勤にして、代わりに月曜を休みにするなど、できるだけ連休になるように組んでいます。
もう一つ大きいのが設備投資です。近年は同業の廃業や後継者不足もあって、需要が供給を上回りつつあります。仕事が増えるなかで残業を増やさないために、効率の悪い古い機械を新しいものへどんどん入れ替えている。設備投資は正直「異常な」レベルになっていますが、それで効率を上げ、働く時間の負担を抑えることにつなげています。
社員数が増えたので、DX化を進めました。ほとんどの社員にパソコンかタブレットを支給し、チャットツールで現場と設計など各部門の情報共有を即時に行えるようにしています。
工場が5つに分かれ、人数も増えると、本社のホワイトボードを全員で見るというわけにはいきません。「明日は朝礼があるのか、ないのか」といった連絡も、見るタイミングで食い違ってしまう。紙の図面も、何百種類とあるなかから探すだけで大変なロスでした。だからこそ、全社で同じ情報をスピーディーに共有できる仕組みが必要だったんです。
正直に言えば、タブレットを導入したときは保守的な反応もありました(笑)。「変えたくない」という声もあった。でも、いまや「これを取り上げられたら困る」と言うくらい、手放せないものになっています。
業績が良いときには特別賞与を支給しています。そして何より、評価のあり方を変えていこうとしているところです。
かつての年功序列や、人柄だけで「お前はリーダーだ」と決まるようなやり方ではなく、個々の実績、一人ひとりの頑張りをきちんと見ていきたい。努力や成果が正当に評価される環境づくりは、人数が増えるほど大事になります。真面目にやっている人が報われない、というのが一番かわいそうですから。
制度はまだ作っている途中です。それには組織がしっかり固まり、報連相が機能していることが前提になる。まずは私たち自身がきちんとやる姿を下の世代に見せていく。そういう段階だと捉えています。
クレーンや機械の定期点検は、以前から専門の業者さんにお願いして続けています。
加えて最近は、安全衛生委員会を開いて定期的に職場を見回るようにしました。「ここは少し危ないから柵を設けよう」「注意喚起にトラテープを貼ろう」といった具合に、現場の危険を一つずつ見つけては手を打っています。当たり前のことを当たり前に積み重ねることが、安全の基本だと考えています。
業務に必要な資格の取得は、会社が全面的にサポートしています。受験料などの費用も会社負担です。
ただ、全員に一律で強制することはしません。一人ひとりの習熟度や適性を見たうえで、「この人はそろそろ資格を取った方がいい」「もう少し専門知識を蓄えた方がいい」と、個別に教育を組み立てていく。画一的ではなく、その人に合った形で伸びてもらうことを大切にしています。
各チームが、自分たちで仕事を進めていける「自主性の高さ」だと思います。
たとえば工場長が「今週はこれを出荷する」という目標を立てると、その手前の溶接・曲げ・レーザーの各工程が、出荷日から逆算して「自分たちはこの日までにここまで終わらせよう」と自主的に動いていく。生産管理者から一律に指示をしていましたが、いまは各工程リーダーと担当者が判断し、申請を出して進めています。出荷に向かって各工程がそれぞれ責任を持って動いている。そこには大きなやりがいがあるはずです。
会社の雰囲気も、ずいぶん変わりました。昔は厳しさが先に立つ職場でしたが、いまは時代に合った、人にやさしいコミュニケーションが根づいてきています。工場を回ってもらえれば、その柔らかな空気を感じてもらえると思います。
これまでどおり顧客満足を最優先に、お客様に喜ばれる会社であり続けること。そのうえで、品質向上と技術開発を念頭に置いていきます。
そして、お客様だけでなく「社員とともに成長を実感できる会社」を目指したい。設備をどんどん更新し、より機能的に、エンドユーザーのお客様にも「なるほど」と思わせる工夫を凝らしたものづくりを続けていく。派手なことは望みません。特色のある会社として、顧客に沿った設計と確かな製造で、地に足をつけて前へ進んでいきたいと思っています。
あなたの手がけた一枚が、世界中の工場で、20年も30年も機械を支え続ける。その機械が生み出すのは、世界の暮らしを支えるモノです。目立たないけれど、社会の役に立っている——製品を通じて、そう実感できる仕事です。
ものづくりが好きな方、ひとつの仕事にとどまらず幅広く挑戦したい方。あなたの挑戦を、心から歓迎します。
社長のお話で何より印象的だったのは、「壊れやすいメーカーだとは絶対に言わせたくない」という強い言葉でした。だからこそ自社で評価機を持ち、わざと過酷な条件をつくって自らのカバーを試す。後発で飛び込んだからこその執念が、会社の品質を底から支えているのだと実感しました。
同時に、評価制度づくりやDX化のお話からは、規模が大きくなるなかで「一人ひとりの頑張りを正しく見たい」「真面目な人が報われる会社にしたい」という、社員への眼差しが伝わってきました。技術にも、人にも、誠実であろうとする——その姿勢こそが、大阪テックさんらしさなのだと感じます。
従業員インタビュー
私は生産管理部の所属で、始業は朝8時10分です。最初の1時間ほどは事務所でポータルサイトの更新やデータの整理・バックアップ、業務管理ソフトへの入力、それに出荷伝票と製造番号が出荷予定と合っているかのチェックなどを行います。
その後は現場に出て、製造部と一緒に製品の組み立てをします。日中もパソコンやデータサーバーの管理、ヘルプデスク、コーポレートサイトの更新を並行して進めますし、認定電気工事従事者の資格を持っているので、電気設備や電動工具の簡単な修繕も担当しています。少し特殊な立ち位置かもしれませんね。休憩は午前と午後に10分ずつ、お昼が40分。定時は17時10分です。
この「認定電気工事従事者」というのが、少しややこしいんです。第二種電気工事士だけでは家庭用のコンセントや照明までしか工事できませんが、経済産業省からこの認定を取得すると、事業用キュービクル配下の電気設備まで扱えるようになる。この会社に来てから自分で取得しました。組み立てをしながら、こうした社内の設備まで見られるのは、たしかに珍しいかもしれません。
現場には60名近い技術者がいて、黙々と作業している印象の職場です。ベテランで経験豊富な社員がたくさんいます。分業制が進んでいて、個々の担当業務や製品はあらかた決まっているんです。
とはいえ、ただ静かなだけではありません。周囲と協力して進めるために、みんなチャットツールやポータルサイトを使ってデータや図面を共有し、情報をやり取りしています。普段は自分の仕事に集中していますが、時には冗談を言い合うような雰囲気もあって、ずっと暗い感じということはまったくないですね。
休日は基本的に土日祝休みで、年の半分ほどの月は第三土曜日が出勤になります。年間休日はここ5年でいうと114〜116日くらい。第三土曜の出勤日に有給を取る社員が多く、有給は柔軟に取りやすい雰囲気で、取得率も高い方だと思います。
残業は私の場合で月0〜5時間程度。時期や部署によって増えることはありますが、20時、21時まで残っているような社員はほとんどいません。もしそういう部署が出てくると「キャパを超えているのでは」と問題視される。きちんと管理されているので、無理な残業はないですね。
実は私は転職組で、前職は長くモバイル業界にいました。当時は毎日9時から夜10時頃まで働いて、食事休憩もろくに取れないような日々だったんです。
それが今は定時退社の日が多く、外が明るいうちに帰宅できる。趣味や買い物に充てる時間も増えて、充実した毎日を送れています。現場でも、家庭を優先して定時で帰りたい人の意向は尊重されますし、「残業しても大丈夫」という人がその分カバーする。家庭の用事や通院なども含めて、班長さんの裁量でうまく調整してくれる社風です。気軽に有給や都合を言い合える環境なのは、本当にありがたいですね。
当社はマシニングセンターや旋盤といった工作機械の中の部品を作っている会社です。自分の携わった製品が世界中に出荷され、その工作機械が自動車や電化製品を生み出している——そう考えると、社会に貢献できていると実感できます。
毎日、出荷に間に合うように製品を作っているので、その予定どおりに納期を達成できたとき。そして欠員や人手不足の持ち場を、みんなで協力し合ってサポートし、一人ではできない達成感を味わえたときですね。
私個人としては、トラブルを解決して現場の方から「ありがとう」と言ってもらえる瞬間が、何よりのやりがいです。社内にはパソコンが60台ほどあって、複合機も昇降テーブルもある。日中はほとんどの社員が図面をPDFで開いて作業しているので、それらの故障や電動工具の不具合が何件も重なると、正直テンパることもあります(笑)。でも、その一つひとつを直して感謝されると、自分がこの会社の役に立てていると実感できるんです。
創業40年以上の歴史が、技術者のなかにレガシーとして蓄積されていることです。ベンチャー企業や歴の浅い会社とは違い、簡単には真似できないノウハウを肌で感じながら学べる。これは大きな魅力だと思います。
そして、設計から出荷まで一貫して自社で行っているので、能力と適性次第でたくさんの工程に携われます。「溶接をやってきたけれど設計に進みたい」「レーザーをやってみたい」——そうしたポジションがたくさんあって、設計部でも最初の2年ほど現場を経験してから入る人がいたり、多くの社員がいろんなスキルを身につけています。私自身も、組み立てをしながらIT・デジタル化の推進やセキュリティ強化など、新しいことに挑戦させてもらえています。
76名という組織のなかで、プロジェクトやタスクを成立させるには、各部署との円滑なコミュニケーションが欠かせないと思っています。先輩・後輩や年齢に関係なく、挨拶や感謝の言葉を大事にしています。
みんなが忙しい繁忙期でも、できるだけ雰囲気よく、誰もが仕事をしやすいように声をかける。そうした小さな積み重ねを意識しています。最近は、私たち生産管理が担当してインスタグラムも始めました。これまでSNSに出ることのなかった現場の社員にスポットライトを当てる取り組みで、ここ2〜3年でフォロワーも2,000人を超えました。
未経験で入る方が多いので、教育は基本的にOJTです。専属の指導者が一人つくというより、みんなで教え、サポートする体制ですね。まずは簡単な小さい部品から始めて、その人に合ったスピードで、だんだん難しい製品に関わっていきます。
図面の見方は歴の浅いうちは分からないことが多いので、設計の担当が読み方の勉強会を開いています。ネジや接着剤の種類・強度なども、新人がつまずかないよう写真付きの資料を作って配布しています。いまは班長の若返りが進み、40歳前後の若い世代が増えてきました。教え方やコミュニケーションのあり方も、これから新しく変わっていくタイミングだと感じています。
当社には、自分の足で歩んできた長い歴史と、新しいことへどんどん挑戦する風土の両方があります。誰かが作ったものを売るのではなく、自分たちで設計し、製造し、販売する。だからこそ、活躍できるフィールドがたくさん用意されているのだと思います。
経験は入社後でないと蓄積できない独自の技術が多い会社です。未経験でも、ものづくりが好きな方なら大歓迎。私たちと一緒に、これからの大阪テックを作っていきましょう。
山本さんは前職がモバイル業界という異色の経歴の持ち主。「製造業はもっと単純な流れ作業だと思っていた」という当初のイメージが、入社して大きく覆ったというお話が印象的でした。一つの製品が完成するまでの工程の深さ、そこに必要な技術の高さに、私たち取材陣も同じ驚きを共有しました。
組立をこなしながら社内のIT化や電気設備の修繕まで担う山本さんの姿は、「設計から出荷まで一貫し、能力次第で幅広く挑戦できる」という大阪テックさんの魅力そのもの。残業の少なさや有給の取りやすさといった働きやすさも、数字や建前ではなく、現場の実感として語られていたのが何より説得力がありました。